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福島第一原発 公開 安全神話崩壊

11月12日 福島第一原発が公開された。以下は毎日新聞の記事である。




東日本大震災:福島第1原発公開 「安全神話崩壊」目の当たり


 水素爆発で建屋の上半分が吹き飛んだ東京電力福島第1原発3号機に、報道陣を乗せたバスが差しかかった。

「1ミリシーベルトです」。同乗する東電職員が車内の1時間当たりの放射線量を大声で知らせる。平日は

約3000人の作業員が復旧にあたり、政府は「原子炉の状態は安定している」と強調するが、爆発のあった

3、4号機では壁の一部が今なお崩れ、津波に流された車やがれきも残されたまま。事故から8カ月。

初めて公開された原発構内に入った。【笈田直樹】

 ◇みるみる上がる線量

 午前10時、原発から南に約20キロの「Jヴィレッジ」(福島県広野、楢葉両町)をバスで出発した。

車内の放射線量は毎時1・5マイクロシーベルト。靴は二重にビニールで覆い、軽い不織布製のつなぎの

防護服を着用。綿の手袋の上にゴム手袋を重ね、綿の帽子に布のマスク。いずれも東電指定の装備だ。

 警察の検問を抜け、一般の立ち入りが禁じられた警戒区域内に入る。国道6号を北上する途中、時折

作業員を乗せた車や警察車両とすれ違う。それ以外に人の気配はない。駐車場には置き去りにされた車が

止まり、「営業中」の札がかかった飲食店も無人。原発事故以来、街の時間は止まっている。

 約30分後、原発から約3キロの駐車場で全面マスクの装着を指示される。額とあごが圧迫され、

息がしづらい。

 午前10時40分ごろ、福島第1原発の正門に到着した。放射線量は毎時15マイクロシーベルト。

「50マイクロシーベルトです」「100マイクロです」。正門を入り、貯水タンクや汚染水処理施設の

制御室などを過ぎて中を進むと、東電職員の叫ぶ数字がみるみる大きくなっていく。

 約5分後、1~4号機から南西約600メートルの高台でバスが止まった。

 壊れてはいけないものが、崩壊している。最も南側の4号機の原子炉建屋は、厚さ1メートルの壁が

ところどころ崩れ、骨組みが露出している。記事では何度も書いてきた「安全神話の崩壊」を、初めて

目の当たりにした思いだった。

 西側の崩れた壁の間からは、定期検査中のため外していた格納容器の黄色いふたが見える。北側の3号機の

上部で、残っていた骨組みが内側に丸まり、爆発のすさまじさを証言する。

 坂を下り、バスは1~4号機の建屋と海との間の道に入った。途中、車内の放射線量は毎時200マイクロ

シーベルトに上昇。車窓からは作業員の姿が。われわれより高い放射線にさらされながら事故収束に

あたる姿に、頭を下げた。

 海側には高さ約4メートルの仮設の防潮堤が築かれていたが、よく見ると石を詰めた袋を積みかさねただけ。

建屋側には津波で流された車やがれきが放置されている。道を進むと次第に線量は上がり、3号機横では

この日最高の毎時1ミリシーベルトに達した。

 午前11時40分、緊急時対策本部のある免震重要棟に到着。ここで初めて原発の敷地を足で踏んだ。

装備を外す。わずか1時間半程度だったが、全面マスクの息苦しさと圧迫感はつらかった。大きく息を吸える

開放感にひたりながら、夏場も防護服に身を包んでいた作業員の苦労を少しだけ想像できた。

 午前9時から午後2時半ごろまでの記者の積算線量を確認すると57マイクロシーベルト。胸部X線の

集団検診1回分に相当する。安全とされる所を選んだ短時間の取材でも被ばくは避けられない。廃炉を含め

30年以上に及ぶ事故収束への道のりは険しい。


毎日新聞 2011年11月13日 東京朝刊
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プロフィール

twinkle987

Author:twinkle987
福島の事故が起こってから、原発について真剣に考えるようになりました。
マスコミの報道や東電の発表に疑問を抱いていたところ、小出裕章京大助教の明快な話に納得しました。
少しでも多くの人に伝えようと思いこのブログを始めました。

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